宮崎地方裁判所 昭和47年(わ)25号 判決 1978年1月17日
被告人 小田征士
昭一三・二・九生 全日空所属副操縦士(元機長)
主文
被告人を禁錮一年に処する。
この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、全日本空輸株式会社(以下、全日空と略称)大阪空港支店乗員部所属の航空機操縦士であつて、昭和四四年一〇月一日YS11型機の機長となり旅客輸送のための航空機操縦の業務に従事していたものであるが、昭和四四年一〇月二〇日全日空所有のYS11A型双発旅客機JA八七〇八号(以下、事故機とも略称)に機長として乗り組み同機を操縦して大阪空港から鹿児島空港に至り、その後一〇四便として同日一二時五〇分鹿児島空港から宮崎空港に向うべく同社鹿児島空港支所の運航管理者らとその飛行計画をたてたところ、一二時現在の宮崎空港の気象情報では全日空の着陸時の横風制限(横風成分が二〇ノツトを超える場合には運用上YS11型機は濡れている滑走路に着陸してはならない)を超えていたことから右出発予定時刻を遅らせ、乗務員三名、乗客四九名を搭乗させて待機するうち、一三時ころに入手した宮崎空港の気象情報では同空港への着陸が可能な見通しとなつたので、一三時二六分鹿児島空港を総重量四八、八五五ポンドで離陸して宮崎空港に向い、途中一三時三五分運輸省航空局宮崎空港事務所航空管制官との交信を開始し、一三時四八分ころ宮崎NDB(無指向性無線標識施設)上空に達し、管制官からレーダーによる誘導を受けて一旦同空港東方海上に出て左旋回し、東西に走る同空港A滑走路(全長一八〇〇メートル、幅四五メートル、標高一二メートル、滑走路両末端から各六〇メートルの滑走帯、表面アスフアルト舗装)に西側09から着陸すべく同空港東方約五海里に達して最終降下を開始した後、一三時五九分ころ管制官から激しい降雨によりレーダーで事故機の識別ができないため進入復行するよう指示を受け直ちに高度を上げて進入復行を行い、同空港西方上空に至つて右旋回し再び同空港に着陸すべく一四時〇八分ころ宮崎NDB上空を通過して一四時一三分ころ同空港東方約一〇海里の地点において左旋回を始めた際、さきの進入復行時にA滑走路へ西側09から着陸する場合にはその進入経路に雨雲を認めていたのでその雲中通過時に視界がとぎれて滑走路を見失うおそれがあるのに対し、A滑走路へ東側27から着陸する場合には、視程と雲高の制限がゆるやかであり、精測進入レーダーで着陸誘導を受けることができ、かつ、一四時一二分に得た気象情報では追風制限の許容範囲内(約七・五ないし一〇ノツト)であることなどを考慮し、今度はA滑走路に東側27から着陸しようと判断し、その旨管制官に要求してその了解を受けたのち左旋回して進路を西にとり、A滑走路東側27への直線進入態勢に移り、管制官の着陸誘導により、一四時一四分ころA滑走路東端から約六海里の地点を通過し、管制官から「最終降下開始」の指示を受けて副操縦士柏崎郁夫にフラツプ角二〇度を指示して最終降下を開始し、一四時一五分ころ三海里の地点を通過したのち管制官から着陸許可を受け、一四時一六分ころ二海里の地点を通過し、高度約四〇〇フイートで約一・五海里の地点に達した際、それまでの雲中飛行から視界が開けて滑走路が視認できる状態となり最終降下に入つた。
ここにおいて、被告人がそれまでに得た同空港の気象および滑走路面の情報は別紙気象情報等交信表のとおりであつて、A滑走路に東側27から着陸する場合は追風着陸となつて対気速度より対地速度が追風成分だけ速くなり、これに加えて当時の驟雨で滑走路が濡れその一部は冠水していて一層滑り易い状態であつたため、着陸接地後の滑走距離が大きく延び、高速で接地滑走すると場合によつてはハイドロプレーニング現象が発生してブレーキ効果を失い滑走距離が異常に増大するおそれが十分に予想されたのであるから、かかる場合、多数の人命を預かる旅客輸送用航空機の機長である被告人としては、まずこの点を認識するとともに、できるだけ接地後の滑走距離を短くして機体を滑走路内で安全に停止させることに細心の注意と周到な判断をなし、そのためには全日空の運航規程およびYS11型機の標準飛行方式に規定するとおり、フラツプ角を三五度にしその着陸重量四九、〇〇〇ポンド(端数切り上げ)に対応した滑走路末端通過速度(以下、T・T・Sと略称)である対気速度九四ノツト(当時の風向風速からこれを五%または五ノツト増加することは許容される)を守り、仮りに当時の気象状況を考慮して機体の安定のためフラツプ角を二〇度にした場合でもその開度に合致したT・T・S一〇二・五ノツト(許容範囲前同)を厳守して滑走路末端を通過し、かつ、右標準飛行方式で滑走路長一二〇〇メートル以上の空港の適正な接地点とされている滑走路末端から五〇〇フイート(約一五二・四メートル)から一二五〇フイート(約三八一メートル)の間(当時の宮崎空港の場合は運用上接地帯標識白三本線(滑走路27末端から三〇〇メートル地点)を目標として同四本線(同末端から一五〇メートル地点)から同二本線(同末端から四五〇メートル地点)の間)に接地するよう操縦することにより、事故機の滑走路外逸走による機体の破壊や人身事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があつた。
しかるに、被告人は、右注意義務を怠り、前記の滑走路が視認できた時点で副操縦士柏崎郁夫に対し一旦フラツプ角三五度を指示しておきながら、その直後に、特段の気象変化もないのに咄嗟に横風の影響から機体の安定を保つためにはフラツプ角二〇度の方が操縦し易いと判断して三五度の指示を取り消してフラツプ角二〇度を指示し、しかもそのT・T・Sは一〇二・五ノツトであるのに一〇五ノツト位と概算してA滑走路東端の東方一・二五海里から〇・二五海里の地点を対地速度平均約一三五ノツトで降下進入し、その後も機体の安定を懸念する余り速度調節が不十分であつたためA滑走路東側27末端をT・T・Sまたは許容された増加分の範囲を大きく逸脱した対気速度約一二〇ノツトを超える高速で通過し、右通過後に前記の適正な接地帯に接地するようエンジン出力を十分に絞り機首の引き起しをする等の操作にも適切を欠いた結果、接地帯標識白二本線をはるかに越えたA滑走路東側27末端から西方八〇〇ないし八五〇メートル付近に対気速度約一二〇ノツト、対地速度約一三〇ノツトの高速で接地させた過失により、接地後直ちに副操縦士柏崎郁夫に指示してグランドフアインピツチ操作(プロペラのピツチ角度を〇度に変えプロペラの空気抵抗を最大にして減速効果を発生させる操作)を行わせ、自らもフツトブレーキを軽く踏んだが減速効果があらわれないため更に強く踏むとともに緊急ブレーキも作動させたが、接地速度が高速であつたのと滑走路が濡れその一部が冠水していたためハイドロプレーニング現象が発生したことも加わつて減速効果がなかなかあらわれず、右斜の横滑りの状態のままA滑走路西側09末端を越えこれに続く過走帯およびその先の草原を約三二メートル逸走させて対気速度約七〇ノツト、対地速度約八〇ノツトで場周道路に事故機を衝突させたうえ、更に約二二メートル先の山内川堤防に機首を激突させて擱坐するに至らせ、よつて、その間の衝撃により、機首部大破、右翼大破、左翼小破、左右プロペラ大破、左エンジン中破、右エンジン小破等により事故機の使用を不能にさせて航空機を破壊(損害約三億八〇〇〇万円相当)するとともに、別紙受傷者一覧表記載のとおり、乗客杉本安彦ら四八名および乗務員柏崎郁夫ら三名合計五一名に対し全治約二年二ヶ月間ないし加療約一日の各傷害を負わせたものである。
(証拠の標目)(略)
(事実認定についての補足説明)
弁護人は、本件事故の主要な原因は、事故機の接地点付近に予期せざる突風が生じたのと、宮崎空港の滑走路が凹凸に富み水が溜り易い状態になつていたために生じたハイドロプレーニング現象にあり、被告人には過失がない旨主張するので、当裁判所が、前掲各証拠により、被告人に過失ありと認定した理由について多少補足説明をする。
一 当裁判所は、被告人の過失の有無を判断するにあたり、航空機操縦の複雑性とその操縦が常に新しい局面に遭遇するため機長には瞬時に的確な総合判断をすることが要求されているものであることを十分に念頭におき、従つて航空機の運航・操縦に関する全ての場合を予め運航規程や標準飛行方式に規定しておくことは不可能であつて機長のジヤツジメントに任される運航・操縦も多く、仮りに運航・操縦方法が規定されている場合でも、その方法からいささかでも外れた運航・操縦を行なつて事故が発生した場合に、その結果について常に機長の刑事責任を問うべきものでないことは言うまでもなく、そこに規定された運航・操縦方法の趣旨・目的とそれを逸脱した行為の程度を考慮しつつその行為と具体的に発生した結果との相当因果関係を検討して機長の刑事責任の有無を決すべきであるとの見地に立ち、また、本件の被告人を含めて航空機の機長たる者は文字どおり自己の生命を賭け、全神経、全能力を傾注して航空機を操縦しているであろうことは想像に難くないが、他方、乗客の側からすればいかなる悪条件下においても無事目的空港まで運んでくれるか、もしくは出発空港に引き返すなり、代替空港に着陸するなり安全確実な措置を講じてくれるものと機長に全幅の信頼を寄せわが命を預けて搭乗していることも厳然たる事実であるから、機長には安全確保のための極めて高度な職責・注意義務が課せられていることをまず明確にしておく。
二 ところで、さきに認定したとおり、被告人が27側から滑走路に着陸するとすれば追風着陸(これは一般原則に反するが、前記認定の諸事情を考慮すれば機長の判断に任せるべきで、これ自体を過失として取り上げるのは相当でない)となり、かつ驟雨のため滑走路面が濡れ一部冠水状態という滑走路長が延びる条件が二つ重なつており、高速で接地すると場合によつてはハイドロプレーニング現象(この現象が発生する条件、原理等については十分に解明されていなかつたとはいえ、本件事故前の航空機事故や操縦士に対する各種配布資料等によつて、そのような現象による事故発生の危険については機長の常識でもあつた)が発生して異常に滑走距離が増大する悪条件にあつたことは機長として当然に認識し、かつ、認識可能であつたから、横風(これは制限内であり、かつ横風着陸の方法を併用すればよい)に対する配慮を要するとしても、できるだけ滑走距離を短くし、適正な接地帯に接地させる操縦に一層心がけるべきであつた。この点、運航規程や標準飛行方式に正常着陸の方法としてフラツプ角を三五度とし、T・T・SまたはT・T・Sプラス五ノツトで滑走路末端を通過し、接地前にスロツトルを全閉にしできるだけ素早く接地せよと規定し、標準飛行方式に滑走路末端から五〇〇ないし一二五〇フイートの範囲内(宮崎空港の運用は前記認定のとおり)に接地すると定めている趣旨・目的は、フラツプ角三五度でそのT・T・Sを守る(これを割るべきでないことは勿論である)ことにより失速することなく最も安全・円滑に短い滑走距離で着陸できる方法を明示し、右方法で右の接地帯に接地することにより、もし滑走路状態が悪くブレーキが効かない場合や接地速度が速すぎる場合でも余裕をもつて滑走路内に停止できるようにすることを意図したものと解される。現にYS11型機の首席操縦士であつた藤村楠彦、同型機の訓練教官であつた深谷信吾、本件事故当日の一四時〇八分に当宮崎空港A滑走路に西側09から着陸した同型機の機長である猿渡弘明らが、いずれも、「気象条件のいかんにかかわらずフラツプ角三五角で着陸しておりフラツプ角二〇度で着陸したことはない」旨供述しているくらいであるから、YS11型機の機長としての経験も浅く、特に同型機の機長として本件当日初めて宮崎空港に着陸する被告人としてはもともと運航規程や標準飛行方式に定められた原則的、標準的操縦方法によるべきであつたのに、被告人は、当時の風向風速を考慮したためとはいえ、敢えて右操縦方法に反し、フラツプ角三五度の場合に比べてT・T・Sおよび接地速度が速くなつて当然滑走距離も延びるフラツプ角二〇度を選択したのであるから、一層T・T・S(許容範囲前同)を厳守し、適正な接地帯に接地すべき注意義務があつた。
三 そこで、事故機の速度および接地点について検討する。
1 接地時の速度については対気速度約一二〇ノツト、対地速度約一三〇ノツト、従つて滑走路末端通過時の対気速度は約一二〇ノツトを超えていたと認められる。これは本件航空機事故について、運輸省の航空事故調査委員会が事故原因を究明するための調査を行なうにあたつて
(1) 事故機と同型機を用いて、事故時と同フラツプ角で接地直後にローストツプレバをグランド位置に操作しブレーキは使用しない状態で接地速度を変化させて四回の着陸滑走試験を行なつたところ、対気速度と滑走距離の関係は、対気速度一二五ノツトで接地したとき約五二ノツトに減速するまでに約一二〇〇メートル余を、同一一九ノツトで接地したとき五〇ノツトに減速するまでに約一一五〇メートルを、同一〇〇ノツトで接地したとき約五〇ノツトに減速するまでに約七〇〇メートルを、同九八ノツトで接地したとき五〇ノツトに減速するまでに約六三〇メートルをそれぞれ滑走し(事故調査報告書付図2参照)、「接地時の減速度は接地速度一一九ノツト及び一二五ノツトの場合と一〇〇ノツトの場合を比較すると、その増大する時間的な早さは前者が遅く、後者は早い」「プロペラピツチ角が0°となつた時点での対気速度は約七〇ノツト、エンジン回転数は約一〇、〇〇〇rpm(毎分当りの回転数)であつた」との結果が得られたこと、
(2) 事故機の速度を推定する有力な客観的証拠として、滑走路09末端から約九二メートルの場周道路上に事故機のプロペラ痕が一二個認められ、そのプロペラ痕とプロペラ痕との幅が約八〇センチメートルであつたこと、プロペラを分解調査した結果から事故機が右場周道路を通過したときローストツプレバは既にグランド位置に操作されていてプロペラピツチ角はほぼ〇度の位置にあつたと推定されることから、「プロペラ痕の幅を八〇センチメートルとして推算されるそのときのエンジン回転数と速度との関係資料、及び着陸滑走試験結果から得られたプロペラピツチ角が0°となつた時点以降におけるエンジン回転数と対気速度との関係資料とを比較考察すると、両者がみあうエンジン回転数は一〇、〇〇〇rpm、対気速度は約七〇ノツトである。したがつて、事故時の(中略)平均追風成分を求めると約一〇ノツトと考えられることから、対気速度七〇ノツトは対地速度に修正すると約八〇ノツトとなり、この速度で場周道路に達したものと推定され」たこと、
(3) 第一次の場周道路通過時と第二次の擱坐時の二回にわたる衝撃状況からみても、擱坐時の速度は「約四〇ないし五〇ノツトであつたものと考えられる。さらに第一次衝撃及び第二次衝撃を受けるまでの間の速度変化が約三〇ノツトと考えられ、これを加えると場周道路通過時の速度は、七〇ないし八〇ノツト位であつたと推定され」たこと
などの試験および解析にもとづいて、事故機が「場周道路を通過した際の対地速度は約八〇ノツトで、そのときのプロペラピツチ角はほぼ0°、エンジン回転数は約一〇、〇〇〇rpmと推定されること、及び着陸滑走試験の結果に事故当時の航空機重量、地上滑走中の摩擦係数、風向風速等を勘案し修正して得られた滑走距離長、速度変化等の資料並びに同機の推定接地点から場周道路までの地上滑走距離が約一、一〇〇ないし一、〇五〇メートルとなることから、これらのことを考察すると接地時の対気速度は約一二〇ノツト、対地速度では約一三〇ノツトと推定」したのであるから、推定に伴なう必然的な多少の誤差は避けられないとしても、右各速度は客観性のあるかなり精度の高い数値と認められ、その他前掲関係証拠に照らし、ほぼ正確なものと認められる。
弁護人は、事故機の滑走路27末端通過時の計器速度(この時点における高度では対気速度とほとんど一致する)は約一〇五ないし一一〇ノツトであり、事故調査報告書にいう接地時の速度は措信できないと主張し、被告人も当公判廷で同趣旨の供述をする。その根拠は、被告人が滑走路27末端を通過するとき速度計を見たら一〇五ないし一一〇ノツトの間で指針が振れていたこと、対気速度一二〇ノツト以上で接地した場合にはポーポイズ現象(前輪から接地することにより機首が上下運動をし「いるか」泳ぎの状態となること)が起きてスムーズな接地ができない筈であるのに、事故機は極めてスムーズな接地をしているからであるという。しかし、被告人の滑走路27末端通過時の速度についての供述は必ずしも一貫していないばかりでなく、前記着陸滑走試験においては対気速度一〇〇ノツトで接地したとき約七〇〇メートル滑走した地点での対気速度が約五〇ノツトに減速しているのに比べ、事故機の場合には接地点から約一〇五〇ないし一一〇〇メートル滑走した場周道路での対気速度がなお約七〇ノツトもあつたのであるから、着陸滑走試験と事故機の場合の諸条件の差異を考慮に入れても、計器速度一〇五ないし一一〇ノツトで末端を通過し接地までにエンジン出力を絞つて九五ないし一〇〇ノツトで接地した(弁論要旨第三の五参照)という弁護人らの主張は不合理であり、また、対気速度約一二〇ノツトで接地してポーポイズ現象が生じなかつたのは、事故機が滑走路27末端を通過後しばらく水平飛行して主輪から接地していることに徴すると不自然ではない。
2 接地点については接地帯標識白二本線を三五〇ないし四〇〇メートル越えた滑走路27末端から西へ八〇〇ないし八五〇メートル付近と認められる。接地点がこのように延びた原因について、弁護人はウインドシエアとか突風の影響と言う。しかし、そのような現象が航空機の着陸時に発生することは異常なことではなく、機長としてはしばしば体験して認識している筈であり、被告人が滑走路27末端を適正な高度、降下角度および速度で通過しておりさえすれば、右現象が生じたとしても滑走路末端通過後にエンジン出力を十分に絞り、機首の引き起しをする等の適切な接地操作により三〇〇メートルの間隔がある前記の適正な接地帯に接地させることは可能であり、それが高度に専門的職業人たる機長としての当然の職責であると言つても酷とはならないであろう。滑走路末端を右の適正な方法で通過し、かつ、その後の適切な接地操作によつてもなおかつ適正な接地帯に接地できず更に三五〇ないし四〇〇メートルもの飛行を余儀なくさせるようなウインドシエアとか突風が突如発生したとは本件全証拠によつても認められない。百歩譲つて、仮りにそのようなウインドシエアとか突風の影響により接地点が異常に延びると感じたのであれば、遅くともその時点において接地前できるだけすみやかに着陸復行しなければならなかつたことになる。管制官との交信記録からは、事故機が滑走路末端に接近する過程において高度が高いとか、降下率が低すぎるなどの注意が再三あつたことが窮われるので、あるいは滑走路末端通過時においてもこの両方またはどちらか一方が適正に修正されていなかつた可能性もないではないが、被告人の供述どおり適正に修正されていたとすると、末端通過時の速度が高速であつたこととその後の接地操作に適正を欠いた結果、接地点が異常に延びたと認めるほかはない。
四 そうすると、フラツプ角二〇度を選択したうえで滑走路27末端を対気速度約一二〇ノツトを超えるという高速で通過し、接地帯標識白二本線を三五〇ないし四〇〇メートルも越えた滑走路27側末端から西へ八〇〇ないし八五〇メートル付近に接地させた被告人の所為は、原則的、標準的操縦方法からの逸脱の程度も大きく、機長として遵守すべき前叙の注意義務に違反したというほかなく、かつ、まさに被告人の注意義務違反の行為から予測(ハイドロプレーニング現象の発生をも含めて)された延長線上に具体的結果が生じているのであるから、被告人の行為と本件事故との間には刑法上の相当因果関係が認められ、被告人に過失責任があることは明らかである。事故調査報告書に「同型式機の着陸性能からみると、ハイドロプレーン現象が地上滑走中に発生したものとしても、着陸時のフラツプを二〇度として事故時の着陸重量に対応した接地速度で通常の接地点に接地したならば過走帯から逸走することはなかつたものと考えられ、また、着陸時のフラツプを三五度としそれに対応した速度で接地したならば十分な余裕をもつて滑走路内に停止できたものであつた。したがつて、全般の状況よりみて滑走路面がぬれて摩擦係数が低下していたうえに、着陸重量に対応した接地速度を上回ることとなつた速度で接地したために必然的に着陸滑走距離が増したことと相まつて、接地点が通常の接地点より内側に入つたために過走帯から逸走したものと考えざるを得ない。しかしながら過走帯逸走時の速度が非常に大きかつたことについては、ハイドロプレーン現象による減速効果の減少によるものと考えられる」とあるのも、容易に首肯できる。
(法令の適用)
被告人の判示所為のうち各業務上過失傷害の点は、それぞれ、行為時においては刑法二一一条前段、昭和四七年法律六一号による改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号に、裁判時においては刑法二一一条前段、右改正後の罰金等臨時措置法三条一項一号に、航空機を破壊した点は、行為時においては昭和四九年法律八七号航空の危険を生じさせる行為等処罰に関する法律附則二項による改正前の航空法一四二条二項、一項に、裁判時においては、航空の危険を生じさせる行為等の処罰に関する法律五条二項、一項に該当するが、いずれも犯罪後の法律によつて刑の変更があつた場合にあたるから、刑法六条、一〇条により、それぞれ軽い行為時法の刑によることとする。
以上は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、一〇条により一罪として刑期、犯情の最も重い別紙受傷者一覧表番号3の牧野和子に対する業務上過失傷害の罪の刑(ただし罰金刑の多額については航空法違反の罪のそれによる)により処断することとし、所定刑中禁錮刑を選択する。
刑の執行猶予につき刑法二五条一項を、訴訟費用につき刑訴法一八一条一項本文をそれぞれ適用する。
(量刑の事由)
高速交通機関としての航空機の利用度とその安全性に対する要請がますます高まりつつあつた時期に、さきに認定したような機長としての基本的過失によつて本件事故を発生させ、これが利用について強い不安感を抱かせた影響等を考慮するとき、被告人の責任は重大であるが、他方、本件事故の発生には極めて悪い気象状況やハイドロプレーニング現象(これには水が溜りやすかつた当時の宮崎空港滑走路の欠陥が遠因となつている)の発生など被告人にとつて不運な悪条件が重なつたこと、オーバーランして川の土手に激突し機体が大破するほどの大きな衝撃の割りには幸いに死者もなく重傷者も比較的少なかつたこと、全日空と全被害者との間で実質的に示談が成立していること、事故直後被告人は被害を受けた乗客から好感を持たれる程の立派な態度で事後措置に専念し、その後も過失の点はともかく機長として事故を発生させたことについては十分に責任を感じて反省していると認められることなど諸般の事情を考慮して、主文の刑を量定した。
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判官 米澤敏雄 円井義弘 木下徹信)
別紙
気象情報等交信表
番号
時刻(ころ)
位置(付近)
交信者
気象情報等交信内容
1
一三時三五分
管制官
風向三四〇度から〇八〇度、風速一三ノツト最大二四ノツト、視程三五〇〇メートル、驟雨、雲量2/8 七〇〇フイート、4/8 一〇〇〇フイート、8/8 一五〇〇フイート、使用滑走路09
2
一三時四〇分
全日空宮崎空港駐在運航課員
風向三六〇度から〇四五度、特に〇二〇度から〇三〇度の時が多い、風速平均一九ノツト最大二五ノツト、雨は激しい、視程三〇〇〇メートル、ターニングベース付近の雲高四〇〇ないし五〇〇フイートで雲が低い、滑走路上にかなりの水溜りがあり濡れているので注意
3
宮崎NDB上空
管制官
風向〇二〇度、風速二〇ノツト最大二四ノツト最小七ノツト
4
宮崎空港南東五海里海上
同
風向〇二〇度、風速一七ノツト最大二四乃至二七ノツト
5
一三時五九分
同
風向〇二〇度、風速一八ノツト最大二四ノツト
6
一四時〇九分
同
風向三三〇度から〇六〇度、風速一九ノツト、視程二五〇〇メートル、驟雨
7
一四時一二分
同
風向〇二〇度から〇三〇度、風速一五ノツト最大二〇ノツト
8
一四時一四分
同
最終降下開始、グライドパスよりやや高い
9
一四時一五分
同
右より左に流されている、少し高度が高い、降下率を少し増加
10
三海里地点
同
少し高度が高い、風向〇一〇度、風速一五ノツト、右後方から背風がある、着陸には充分に注意
11
一海里地点通過後
同
高度が二〇フイート高い
別紙
受傷者一覧表(略)